こんにちは。
犯人はヤス。でお馴染みのBizpoko編集長の河上泰之です。
今回は、トヨタ自動車の新規事業開発の第2弾です。
タイトルはズバリ「なぜパッとしないのか」。公開情報をもとに説明していきます。
トヨタ自動車はBeth社のクライアントであり、河上がトヨタ自動車だけは絶対に沈ませない、と言う決意のもと支援しています。辛口ですが、叱咤激励です。
(その決意の程は、前回の投稿に熱く語っていますので、こちらご覧ください。)
これまで、自動車会社からモビリティカンパニーになると宣言をし、イケメン菅田将暉がCMするKINTO(サブスク)をリリースし、開催される東京五輪では自動運転バスのe-paletteを、富士の裾野にWoven Cityをつくると公言し、着工した。
どれもこれも、面白いんだけれど、パッとしない。
これらを行うことでトヨタが世界最強であり続けることの確信が持てない、テスラに勝てる気がしない。それはなぜなのか。
本投稿ではまず1つずつ出来事を振り返り、トヨタが目指すモビリティカンパニーがなぜパッとしないのか、一番近くで応援する者として声を大にして伝えていきます。
それでは、スタートです。
もくじ
トヨタの決意:自動車会社をやめ、モビリティカンパニーになる
2018年の米国・ラスベガスで1月9日から12日まで開催されていた世界最大級の家電見本市「CES2018」で、激震が走った。
トヨタの豊田章男社長が、自動車会社から、モビリティ・カンパニーへと会社の位置付けを大きく変更することを宣言したのだ。
以下に、当時の豊田社長の発表を一部抜粋し、掲載する。これがトヨタの現在の変革の号砲であり、世界にトヨタの本気を示した最初の一撃であり、これがいまも続く枠組みになっている。ぜひ一読いただきたい。
私の祖父である豊田喜一郎は、当時多くの人が不可能だと考えていた、織機を作ることから自動車を作ることを決意しました。
私は豊田家出身の3代目社長ですが、世間では、3代目は苦労を知らない、3代目が会社をつぶすと言われています。
そうならないようにしたいと思っています。
私はトヨタを、クルマ会社を超え、人々の様々な移動を助ける会社、モビリティ・カンパニーへと変革することを決意しました。私たちができること、その可能性は無限だと考えています。
私は、お客様がどこにいようとも、新たな感動を提供し、お客様との接点を増やす新たな方法を作り出す、と決心しました。
技術は急速に進化し、自動車業界における競争は激化しています。私たちの競争相手はもはや自動車会社だけではなく、グーグルやアップル、あるいはフェイスブックのような会社もライバルになってくると、ある夜考えていました、なぜなら私たちも元々はクルマを作る会社ではなかったのですから。
データは新しい通貨だと言われており、ソフトウェアは極めて重要です。しかし、さらに、ソフトウェアからプラットフォームに移行しているのではないかと思います。
自動運転やカーシェアリングなど私たちが実現したい数多くのモビリティサービスの屋台骨となるのはプラットフォームです。
2年前、マイクロソフトと協力し、ここ米国にトヨタコネクティッド(ノースアメリカ)を立ち上げたのも、ビッグデータを活用し、何百万もの世界中のお客様とつながり、新たなモビリティサービスを生み出したいと考えたからです。
トヨタは信頼できるハードウェアメーカーとして知られています。しかし、私たちが、トヨタコネクティッドといった、自動運転車や様々なコネクティッドサービスに必要なモビリティサービスプラットフォームをつくる会社にもなりたいと思っています。
私たちが提供するモビリティサービスプラットフォームにより、お客様のためになるデータやコンテクストサービスを提供したいと考えています。私たちは、クルマを携帯やパソコンからシームレスに拡張させたものとし、人工知能を通じてお客様の要望を予測できる車内のパーソナルアシスタントにしたいと思っています。
私たちのモビリティサービスプラットフォームは、ハワイやサンフランシスコで実証を行っているカーシェアリングのテストマーケティングの原動力となっています。
将来は、自動運転同様に電動化がオンデマンドのモビリティやモビリティサービスを支えていくでしょう。
https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/20566891.html
会社の位置付けを変更し、その後大成長した企業の1つが、Appleだ。
2007年、今や伝説となったiPhone発表の場にて、それまでApple ComputerだったがComputerを消すと発表したのだ。
https://youtu.be/7l-Pa0uCod0?t=6203
コンピューターメーカーから、Appleという哲学を売る会社に変わった。
なので我々お客さんは、スマホ、PC、TV機器、配信系サービスを違和感なくAppleから買えるのだ。少しだけ考えてほしい。PCメーカーのDELLから、映画をレンタルしようと思うだろうか。
Appleの大躍進は、会社の位置付けを変えたことから始まっているのだ。
このように、会社の位置付けを大きく変えることが何を示すのか。
それは、会社の提供価値を変えることで、似て非なる会社に変わることを意味している。例えばそれは、芋虫が蝶々になるようなものだ。全く別モノになる、それが重要なことだ。
トヨタはAppleと違い、社名変更までは至っていない。それは今後、ラインナップが変わった時に起こるのかもしれない。
では、直近でトヨタは何になろうとしているのか。
方向性は大きく2つだ。先の豊田社長の発表をもう一度見てみよう。
1つ目は、モビリティ・カンパニーだ。
私はトヨタを、人々の様々な移動を助ける会社、モビリティ・カンパニーへと変革することを決意しました。
私は、お客様がどこにいようとも、新たな感動を提供し、お客様との接点を増やす新たな方法を作り出す、と決心しました。
自動車の先輩は馬車だ。馬車も、自動車も”人の移動のため”に存在する。
つまり、自社製品が存在する”目的”に立ち返り、目的を達成する”手段”として自動車以外のものを作ろうとしているのだ。
2つ目は、モビリティサービスプラットフォームをつくる会社だ。
ビッグデータを活用し、何百万もの世界中のお客様とつながり、新たなモビリティサービスを生み出したいと考えたからです。
トヨタは信頼できるハードウェアメーカーとして知られています。自動運転車や様々なコネクティッドサービスに必要なモビリティサービスプラットフォームをつくる会社にもなりたいと思っています。
私たちは、クルマを携帯やパソコンからシームレスに拡張させたものとし、人工知能を通じてお客様の要望を予測できる車内のパーソナルアシスタントにしたいと思っています。
1つ目と合わせて考えると、移動を助ける会社であり、かつ移動に関わるサービスを提供するプラットフォーマーになりたい、直近では車内で活躍するAIを投入する、ということだ。
「移動」と「移動に関わるサービス」は、新幹線で考えるとわかりやすい。移動は、まさに座席を提供し東京-仙台間を移動すること。移動に関わるサービスは、車内販売のようなモノだ。
プラットフォームは、わかりやすくいえばAmazonだ。消費者と提供者を結びつける。
移動したいと顧客、今ならドライバーや同乗者に対して、サービス提供者を集めてサービスを提供していくことを目指す、そういうことだ。車内販売のお弁当が豊かになる、そんなイメージだろうか。
さて、ここまで丁寧に2018年の豊田社長の発表を見てきたのには理由がある。
この位置付けの変更と、いま彼らに見えている世界観こそが、パッとしない理由だからだ。
この発表のあとトヨタは、e-Palette、KINTO、Woven Cityを発表した。これを順番に見ていこう。
e-Palette
2018年のCESで初登場したe-Palette。イーパレット、と読む。
e-Paletteは、人の移動や物流、移動販売など多目的に活用できるモビリティのサービス化を目指したMaaS(Mobility as a Service:”移動”をサービスとして提供する)専用の次世代電気自動車のコンセプトカーだ。
初期のサービス開発のパートナーには、Amazon、ピザハット、Uberなどが名を連ねた。
出典:トヨタ自動車プレスリリース
https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/29933339.html?_ga=2.260578317.1670896393.1620926227-918908731.1620926227
このコンセプトカーが順調に発展し、2021年にアップデートの詳細がトヨタイムズで公開された。
https://toyotatimes.jp/insidetoyota/115.html
↑これは移動式の宅配ロッカーとして使ったら、というコンセプトだ。
↑これは移動式販売所としての利用イメージだ。
ここまで開発が進む中で、サービスを管理し提供する運行システムと、自動車を製造するという観点において大きな進化が見られた。
運行システムは、AMMS:「必要な時に、必要な場所へ、必要な台数だけ」e-Paletteを配車するシステムと、e-TAP:一人で複数台の車両やスタッフの異常を同時監視できるシステムからできている。このように、車両本体以外の仕組みづくりも行なっている。
自動車製造における革新は、物理ハードの車体に合わせてソフトウェアを作るのではなく、ソフトウェアを先にデザインしコンピュータを中心に車を作るというように進め方を変えている。作り方を180度変えている。編集長ヤス。がアクセンチュアに教えた「システムを中心に業務を作る」ことをすでに車作りにおいて行っている(Bizpoko記事:【DX最前線】アクセンチュアが先頭!オフィスワーカーはブルーカラーから学べ。 https://bizpoko.com/2021/05/10/100/)。ここまでの革命を行っている製造業は、日本に何社あるのだろうか。
その詳細は以下をみていただきたいが、象徴的な写真を転載する。
システム開発をする人間にとっては当然のVモデルを、自動車開発に適応している。左から下に向かって進み、右上に上がるように見ていく。
Vモデルの左側は設計だ。上から順番にユーザーに対して何を提供するのか要件定義をし、サブシステムに分解をし、細部まで設計する。
右側はテストだ。Vモデルでのテスト(検証)は2種類行う。設計したものを正しく作れているかと、ユーザーが欲しかったものを提供できているかを、それぞれ検証する。まずは下から、最も細かいパーツからテストをし、それが合格したら次にパーツを複数組み合わせたものをテストし、全体を統合してテストし正しく作れているかのテスト(検証)を終える。正しく作れていたことがわかれば、最後はユーザーが欲していた内容かどうかをテストする。
なぜシステム開発ではこのような、ややこしいことをやっているのかというと、人間が要求するものを正しく理解し、正しく設計し、正しく作成するのは、ものすごく大変だからだ。皆さんも、部下にお願いしたものと全く違うものが上がってきたり、逆に上司が欲しい資料がよくわからずに取り敢えず資料を作った経験があると思う。あれが、ヒトが誰かに依頼して作業をするときの難しさだ。
↓これはシステム開発界隈で散々笑った画像だが、システム開発は以下のようなことが本当によく起こる。最も注目すべきは、左上「顧客が説明した要件」と右下「顧客が本当に必要だったもの」だ。顧客本人すらも、必要なものがわかっていない。これがヒトの限界であり、システム開発がウォーターフォールから、アジャイルに変化してきた理由でもある。
最後は少し脱線して、ものづくりの革新とその凄さについてみてきたが、それはさておきとして、トヨタ自動車ではe-Paletteの開発が着々と進んでいる。
【ユーザーの目線から冷静に眺める】
進んでいるが、製造業としての物の作り方の進化であり、また運行管理システムは運行担当にベネフィットがあるだけだ。
さて、我々乗客には、何が提供されるのだろうか。
冷静に考えてみてほしい。ユーザー視点からすると、これはただのバスだ。
都市部に住む人でバスに積極的に乗る人は多くないだろう。例えば東京は、都市構造として鉄道と各駅からのバスを組み合わせて提供することで、広大な面積に人が住め、かつ職場まで移動しやすい環境を作った。これにより、多くの人が屋根のある住宅に住むことができ、スラムがない都市を作り上げた。(世界的にも稀な街づくりでのイノベーションだ)
この構造下では、バスが前提となっている方以外で、バスに乗る理由はほとんどない。編集長ヤス。は、現在東京に住んでいてバスに乗ったのはこの半年で2回だ。それも地下鉄の駅に行くのが面倒で、バスに乗っただけだ。
地方はどうだろうか。
編集長ヤス。は、和歌山県で大学時代を過ごしたのだが、完全に自動車社会だ。まず、歩いて行ける範囲にコンビニがない。大学にいき、スーパーにいき、本屋にいき、夜中に小腹が空いてコンビニいく。そういうことをすると、平気で1日に100kmほど車に乗る、そういう生活だった。
だがバスに乗った記憶は、10回もない。車を置いて遠くに行く場合、例えば東京まで帰る時に駅まで行くのにバスを使ったぐらいだ。それも最後には、自分で運転して東京に帰るようになったのでなくなったのだが。
都市部、地方を視点を分けて考えてみたが、どうだろうか。バスが自動運転になり、ガンガンくるようになったとして、果たして積極的にバスに乗るだろうか。バスに乗って、どこに行くのだろうか。
この辺りが、一般人として見た時にパッとしない理由だ。
KINTO
次に見るのが、KINTO、自動車のサブスクだ。
2018年11月1日に発表になり2019年にローンチされたサービスだが、当初は泣かず飛ばずだった。
2019年2月に東京限定でテストロンチし2019年7月からは全国展開したが、11月までの間に951件しか契約が取れなかった。同時期に販売した台数の1%以下だった。新規事業とはそんなものだけれど。
これが、コロナの影響により2020年6月から契約が伸び始めた。公共交通機関での移動を嫌がる傾向により、恩恵を受けた格好だ。月間1000台程度の契約となり、順調にサービスとして育っている。
KINTO は、車両代、税金、保険の支払いといったお金と、車両のメンテナンスをパッケージ化して月額課金制にしたサービスだ。手間なく自動車を使える、ということを売りにしている。契約期間は36か月で、車種は『プリウス』『カローラスポーツ』『アルファード』『ヴェルファイア』『クラウン』などから選べ、着々と種類は増えている。
それでは、小寺信也社長へのインタビューを中心に、報道記事を抜粋して読みながら、トヨタ自動車が何をしようとしているのか、KINTOはなぜイケてないのか順番に見ていこう。
【コンセプト検証すらしない】
「従来のトヨタはどこにマーケットがあるのかをきっちりと見極めて商品を展開してきた。ただ、そうしたやり方だけでは自動車産業の変革期を乗り切るのは難しい。不透明な将来に向けて先手を打つ」と新サービスの狙いを語る。
「まずクルマをサブスクリプションで借りるということ自体、意味がほぼ理解されてない。だからそもそもディーラーでお客様の話にのぼらないんです」
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/269141
これらを見ると、そもそも顧客へのコンセプト検証すらやっていないように見える。道を歩く顧客や、コンビニの駐車場で休憩しているドライバーに3分話を聞けばわかる話だ。それすら、サービスインしてから検証している。
コンセプトが受け入れられない時は、市場創造に入るしかない。市場が出来上がるまでにいくらの現金を燃やせるか。そういう勝負になる。
私がコンサルティングをするのであれば、意味がなければこのようなことは推奨しない。この程度のコンセプト検証なら1時間街中を歩きながら10人に話を聞けばある程度掴めるからだ。
理由があれば、別だ。KINTOの場合、色々な理由が考えられる。
一気呵成にいいからやってみろという社内の機運を逃したくない、判断のポイントを設けるということはそもそも実施の許可が出ていないのと同義とみなす、現実から学ぶ、会社の雰囲気を変えるための社内宣伝費として扱う、などなど。
1時間でできるような検証を行わない、という判断を合理的に行なっているとしたら、どの「理」に合わせてその判断をしたのかを探すことが重要だ。今回の場合は、変革の社内機運を創ることと、学習を優先しているようにみえる。
【ヘンテコな値付けの哲学】
小寺社長が「車を持つことに対する負担や手間を軽減して、1人でも多くの若い人に気軽に車に付き合ってほしい」と話す通り、一番のターゲットは車離れが指摘されている若者だ。特に20代前半で初めて車を持つ場合、高額な任意保険料がネックとなる。その点、キントは保険料が割安なフリート保険を組み込むことで「お得な利用料金」を実現したという。月額の利用料金は年齢による違いはない。
初めて自動車を所有する22歳の人がライズを購入した場合は3年間で約166万円、月額では約4万6000円(3年後の残価を差し引いて試算)かかる。キントを利用した場合は3年間で約143万円、月額では3万9820円となる。月額で6000円ほど負担が軽い計算だ。
西日本のトヨタ系販売会社の幹部は「正直、サブスクである付加価値がどこにあるかがわからない。値段の感覚としても『高い』というのが一般相場」と手厳しい。
コンセプトの顧客検証をこなっていないことからもわかるが、そもそも真の意味で顧客に向いたサービス展開のようには見えない。それは、ヘンテコな値付け哲学にも現れている。
この記事や菅田将暉らが登場するCMからも見てわかる通り、KINTOのメインターゲットは若者であり、自動車を初めて所有する人だ。ここに向けて、ユーザー側の最終的な負担金額が軽くなるように設計されている。最終的なとは、車体費、保険代、メンテナンス代をまるッと含むことを意味する。
だが、冷静に金額感を見てほしい。一番安いもので毎月4万円だ。車種を変えれば6万円程度になる。
6万円、もはや家賃である。
初めて車を買う若者にとって、この金額を支払理由があるとすると、自動車をほぼ毎日使うような場合が考えられる。一方で、個人の運転履歴にならないので、保険の等級は育たない。記事では月額6000円安くなるというが、この微妙な安さに対して、毎日使う人が保険等級のことを考えると「悩みが増す」のではないだろうか。
なぜこんな値付けになったのかを考えると、まず自社の利益確保が第一、なのだろう。ビジネスなので仕方がないが、考える順序が違う。
トヨタ自動車はKINTOを通じて車を提供している。車は提供している「物」であって、価値ではない。
自動車の価値は、歩くのと比べて往復2時間短縮してスーパーに買い物に行ける、好きなあの人とデートに行ける、友人と旅に出られる、運転中に無敵の感覚を楽しめる、などだ。そういう価値を、いくらで売るかを考えることが新規事業なのだが、そのあたりは不慣れに見える。
先に顧客へのコンセプト検証をしていないようにみえると書いたが、そこが抜けると論理的に自社都合で考えた値段になりがちになる。
どのような理由にせよ、絶妙にヘンテコな値付けだ。
【販売パートナーへの切り捨てをする】
西日本の販売会社幹部が詳しく教えてくれた。マージンは車種ごとに全国の販売店の平均利益率をベースに算出され、店頭で契約に至った顧客だと2%分、ウェブ経由の顧客は4%分が運営会社のキントに取られるという。
例えば、全国平均のプリウスの利益率は8%強だが、キントの契約が成立した場合、店頭でのマージンは6%強、ウェブ経由は4%強になるという。また、点検時の工賃も通常販売時の工賃と比較すると半額程度のイメージ」(同)。この幹部の販売会社ではキントを取り扱っているが、契約はこれまでゼロだ。「残価設定型クレジットなどで売る方が、収益性が高く、今のところキントを顧客に積極的に勧める理由が見当たらない」
これも実に興味深い。販売してもらわなければ売れないのは明らかだ。
新規事業として垂直立ち上げを狙うのであれば、当然ながら売っていただくことに気を配らねばならない。また普段、トヨタの開発者と会話する限りでは、売っていただくという発言が頻繁に出る。自動車販売に乗り出した頃からビジネス拡大に協力をしてもらい、レクサスの立ち上げでは販売店の皆さんに本当に世話になったトヨタだ。
彼らが、意図して、既存の販売網に利益を落とさない判断をしたということは、既存の販売網に乗らない顧客を母集団として捉えようとしているということだ。CES2017では、豊田社長は「”愛”が製品につくのは、車ぐらいだ」と話していた。車を愛する人は、既存の販売網から買っていただく。そうでない人には別のルートから接する。そういう意図があるようにもみえる。
いずれにせよ、既存パートナー以外を選択したトヨタ。パートナー側も黙ってはいないだろう。この関係をどう進展させていくのか、という部分もトヨタ自動車の変革の1つだ。
【移動する”理由”までも提供する】
KINTOは、2021年4月8日に、新しい移動のよろこび」を発見できるWEBサイト「モビリティマーケット」(モビマ)をオープンした。モビマでは、近畿日本ツーリストやJTB、キッチンカーのメロウ、ジャパンキャンピングカーレンタルセンターをパートナー企業に迎えて、”移動する理由”の提供を開始した。
参考記事:https://response.jp/article/2021/04/08/344772.html
これは、先の豊田社長の2018年の発表の「モビリティサービスプラットフォームをつくる会社」と方向性が合致する。トヨタは、お金を払うユーザーと、移動することで得られる新しい体験価値を提供する企業を、KINTOを通じて結びつけている。
パッとしないが、正当なる進化だ。
ただ、編集長ヤス。には言いたいことがある。
サブスクというのであれば、遊びに行く先までのガソリン代や高速道路代ぐらい払え、と思う。これはトヨタやパートナー企業が実際に支払うのではなく、その分がサービス利用費用に乗せるだけだ。たったそれだけで、顧客体験は別物になる。
今月はいっぱい遊びに行ったね!という時ほど、トヨタに支払う金額が減るのだ。遊びに行かないとトヨタに6万円支払うが、遊びにいくと交通費のキャッシュバックでそれが2万円になる。下手したら0円になる。思い出が増え、その分、当然ながらサービス提供者にお金は払ったが、自動車の利用コストは下がる。遊びに行けば行くほど、車の維持に払うお金が減る。子供がいる家庭であれば、大満足の夏休みが見える。
そういう幻想で魅せることが、新規事業では大事なのだ。そういう意味において、トヨタは質実剛健すぎる。製造業として現実を突き詰めることは重要だったが、サービスとは幻想で魅了することでお金をいただく。この辺りも、彼らは学んでいくはずだ。
【サブスクとは、何か?】
サブスクは新規事業検討で大人気のキーワードだが、実は難しい概念だ。
KINTOの例では、”36ヶ月の契約期間”、これに違和感を感じないだろうか。実際にユーザーからは、レンタルとの違いがわからないとの声が上がっている。
あなたが契約しているサブスクリプション契約を思い出して欲しい。Netflix、Amazon Prime、iCloud、WeWorkのどれでもいいのだが、これらは使いたくなったら契約でき、いらなくなったら即解約できる。そもそも契約期間という概念がない。
もうひとつ、大きな問題がある。車でサブスクで乗り放題、といった時に、「乗り放題」とは何かということだ。むかしTUTAYAでDVDを借りてきた時に、映画見放題!と思っただろうか。そんなわけがない。
そうなのだ。自動車を車種指定で借りただけで、それが乗り放題になっているわけではない。ガソリンがなくなれば、自分でお金を払いガソリンを入れなければならない。見方を変えれば、車に乗ったら追加でお金を払う、罰金を払っているようなものだ。月に5万円払えばガソリン代も、高速代も含まれていてどこにでも行き放題だと「乗り放題感」が出てくる。
こう考えると、「サブスクとは何か」をはっきり語ることの難しさがわかってくるのではないだろうか。
このように、物事を追求して考えることで、思考にレバレッジを効かせることができる。トヨタのように現地現物から学ぶ主義を徹底できない企業では、追求して考えることをお勧めする。(というか、普通は考える。普通じゃない部分に、トヨタの本気度、気持ちの強さがみて取れるのだが。)
【これらの記事を通じて感じる、トヨタの本気】
真っ当に新規事業として稼ごうとすると、顧客検証や、販売パートナーとの関係性の構築など、KINTOは違和感しかない新規事業だ。
一方で、本気の企業は、ここまですっからかんでも喰らい付いて進めるのだ、という勇気をもらえないだおろうか。考えてもわからないことは、1日でも早く正式なビジネスとしてローンチし黒字化するまで本気でゴリゴリ進めながら学んでいく、そういう真剣さを感じる。
Woven City
CES2020で突如発表された「ヒトが中心の未来を作るための実験ができるプラットフォーム」を、都市という形で作る壮大な計画。その名も「Woven City」。Wovenという『編み目』とトヨタ自動車の起源である紡織をかけた名前になっている。単なる街づくりではなく、トヨタ自動車の未来と、人類の未来をかけたプロジェクトなのだ。当然、ポッと出た案あるはずもなく、このような実験場が1箇所に留まる理由もない。
Woven Cityは、トヨタがモビリティカンパニーへ変貌する過程において、都市内での人の移動を実験する、壮大な大人の遊び場だ。それを私有地に自己完結型で創る。ここでは自動運転はもちろんのこと、パーソナルモビリティや、ロボット、エネルギー、AIなどあらゆる最先端技術を、大規模かつ即座に実験できる。行政の許可を待つ必要は皆無だ。
また住民として研究者や発明家、技術者、そして最新技術に囲まれたい一般の人々を呼び込むことで、ヒトが技術をどう楽しむのか、技術は生活にどう役立つのか、技術に囲まれたとしたらヒトはその先に何を望むのかを深く知ることができるようになる。現在のSNSではデジタル空間の中に閉じた世界で、ヒトとは何か、これをビッグデータから追及してきた。トヨタはそれを物理空間とデジタル空間が融合した世界で行おうとしている。
e-Paletteで見てきたように、トヨタは、ものづくりをソフトウェアを中心とした進め方への再構築に挑戦している。
都市も同じだ。
ソフトウェアと都市が本当の意味で出会った時に何が起こるのか。机上でも”検討”はできるだろう。トヨタはそれを、現地現物主義を貫き、現実世界で『発見』しようとしているのだ。ここでの発見は、次のあたらしい世界を考えるためのヒントになる。そのヒントが湧き出るからこそ、プラットフォームとして機能するし、それは世界で唯一無二の未来創出のためのプラットフォームになるのだ。
一般的な報道では、例えば「道路もモビリティを優先して設計する。自動運転車専用、歩行者専用、歩行者とパーソナルモビリティ(自転車、車いすみたいな個人用の乗り物の未来版)混在用と3本の道路を作り、物流専用は地下に1本通す。」というような物理世界のことにフォーカスして報道されがちだが、Woven Cityの凄さはそこではない。
目に見えないデジタル空間での革命や、そこに住む人のモチベーションにこそ、その源泉が秘められているとみるべきだ。
例えばWoven Cityではデジタルツインのコンセプトが稼働する予定だ。デジタル上にバーチャルなWoven Cityを構築することで、物理世界では建築中であっても、コネクテッド技術や都市用のソフトウェアプラットフォームの検証ができる。
またこの街には、自ら新しいものを生み出すことに貢献したいと手を挙げた高齢者、子育て世代の家族、研究者、発明家、トヨタ社員等が最終的に2000名以上で居住する。それは大学の研究室のように、新しいことを楽しみ追求する独特の世界が築かれるはずだ。マンションの建て替え問題で右往左往したり、ドローンを飛ばしたらブチギレるような行政や隣人はいない。
まさに、未来を生み出すための実験場であり、未来を生きることができる唯一のプラットフォームを作ろうとしているのだ。繰り返すが、これを私有地に創るのだ。
約80年前に日本人には無理だと言われた自動車製造に着手し、日本に一大産業を築き上げたトヨタ自動車。次の挑戦が未来を創ることだ。どうだい。ワクワクするだろう?
参考:https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/34827665.html
ちなみに、すでに、Google Mapには場所がタグ付けさている。
もう少し拡大してみると、広大な土地を利用して街を作ることがよくわかる。
Woven Cityの発表を聞いた時、正直ものすごく興奮したことを覚えている。おー面白いことを始めたな!!!と。だがそれは、トヨタを絶対に潰させないという、謎の信念を持って生きる編集長ヤス。にとってだけだった・・・・。
ここまで散々熱く語っておきながらアレなのだが、冷静に、一市民の感覚で考えてみると、「で?」の一言で終わってしまう。もう少し話をしてみても、「Woven Cityという面白い実験場を作るのはわかったけど、ウチの街の道路に穴が空いてるのは直るの?」と。
そろそろ、みなさんもうっすらと見えてきたのではないだろうか。トヨタの新規事業がパッとしない理由が。
トヨタは正しいが、パッとしない3つの理由と、組織のDNA
これまで長きにわたり、トヨタ自動車株式会社のモビリティカンパーニ宣言でトヨタがどんな未来を見ているのかを整理し、それらを達成するための初期の新規事業として、e-Palette、KINTO、Woven Cityをみてきた。
これら新規事業の中でKINTOのみがロンチさており、他2つはまだロンチすらしていない中で評価を下すのは申し訳ないが、正直どれもパッとしない。その理由は大きく、3つある。
・”モビリティ”に驚きも、捻りもない
・論理的には正しいが、幻想がない
・ユーザーの笑顔が見えない
順番に見ていこう。
【”モビリティ”に驚きも、捻りもない】
モビリティを辞書で調べると、「人の移動」の意味だとわかるだろう。
人が移動するのには、目的がある移動と、目的なくぶらぶら歩く移動がある。昨今の傾向として、人は目的型の移動に変わってきていて、街中をぶらぶら散歩しないと言われている。Googleで調べたお店にパッと行って、帰って終わり。心当たりはないだろうか。
目的型の移動ばかりになったという話は、編集長ヤス。が8年前、大学院時代に東急電鉄とプロジェクトを行なっていたときに聞いた話だが、状況は変わっていないだろう。
これを前提に、人は何かの目的を達成するために移動すると仮定しよう。映画をみる、食事をする、目的はなんでも良い。目的型の移動をするのであれば、考えるポイントは、2軸4象限に分けられる。
↓図を見てほしい。ユーザーが移動するか、目的がやってくるか。また移動のコスト(手間、金額など諸々を含む)が下がるか、目的の価値が高まるか。この掛け算だ。
どうだろうか。こうやって整理してしまうと、あまりに当たり前の領域に対して、当たり前に思える新規事業を始めたに過ぎないことが一目瞭然となる。
ユーザーに移動させるのなら、コストが下がるか、行きたい気持ちが高まるか。
移動する目的を動かし、ユーザーの目の前まで運ぶことで、移動せずに買い物ができることで、移動コスト0にする。
唯一、まだ発表されていないように見える「目的を移動させることで、目的の価値が高まる」ここがおもしろ領域に見える。
このように、そもそもそうだよね、という分野にで新規事業を行うことは経営陣にとっては進めやすい。見えやすいからだ。だが、面白いビジネスはここからは生まれにくい。
一方でおもしろ領域のような部分の埋め方を発見できると、「何それ?!」という驚きで迎えられる。こういうことが、問いの力、と語られる。トヨタはまだここを攻める段階にはないということだ。おそらくここを実験することもWoven Cityの目的の1つなのだろう。
【論理的には正しいが、幻想がない】
KINTOでもみてきたが、トヨタは正しい。そう、現実を見過ぎていて、どうしようもないほどに正しいのだ。
このような正しさが発揮された会見が直近でも行われた。
菅義偉首相が打ち出した2050年に温室効果ガス排出を「実質ゼロ」にする目標に向け、産業界の「重鎮」が苦言を呈した。
https://mainichi.jp/articles/20201218/ddm/001/020/074000c
販売される車をすべて純粋なEVに置き換えると夏のピーク時の電力需要が急増し、原子力発電所約10基分が新たに必要になるとの計算を示して、国のエネルギー政策で対応しなければ自動車メーカーの「ビジネスモデルが崩壊してしまう恐れがある」と述べた。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-12-17/QLGZRGDWLU6P01
これらは、どうしようもないほどに、現実だ。
論理的にエネルギー収支を計算すれば明らかなことだ。現実を見て、正しさを世に問う。そのようなクセがトヨタにはある。
トヨタ第1弾の記事(Bizpoko記事:トヨタが挑む新規事業。文化背景と、ものづくりの難しさhttps://bizpoko.com/2021/05/12/toyota-new-business-1/)でみたように、人間の命をのせて時速100キロで鉄の塊を、極力少ないエネルギーで安全に動かす、こんなことを突き詰めていれば、現実主義者にならざるを得ないのだろう。
またトヨタ社員にインタビューしたことがあるが、歴史的に三河、尾張は商売が苦手だと笑いながら話していた。文化も関係するとなると、根深いものがある。
現実を直視し、正しいことを正しく理解することは重要だ。問題は、サービス検討となった際にここに虚構が入り込む余地がないことだ。なぜ虚構が重要なのか、ビジネスは正直だけではだめなのか。それは「ヒトとは何か」という問いの先にある。
イスラエルの歴史学者/ユヴァル・ノア・ハラリ氏が『サピエンス全史』『ホモ・デウス』『21 Lessons』の三部作を通じて書いているが、ヒトは物語を創作し、その中で一定の役割を担うことで、その役割に自分の生きる意味を見出す動物だ。
組織の中で役割を与えられる、地域活動の中に自分の居場所を見つける。人はそれぞれ物語、虚構の中に生きている。
個人単位でも虚構に生きている。例えば、健康管理や体重管理。摂取カロリー、消費カロリーを全て測定し、バランスするように常に管理し続ける人は稀だ。昨日は調子に乗って食べすぎたから、今日は控えめにしよう、というような調整をしていないだろうか。思い当たった人は、食べすぎたら別日に調整すれば大丈夫、という虚構に生きている。
数値で管理したい人も、数値で管理すれば健康を維持できる、という虚構に生きている。人は何かしらの物語を選び、その中で生きている。
そして新規事業は、人間であるお客様に買ってもらってはじめて成功する。なので、人の役に立たねば買ってもらえないのだ。正論が役に立つこともあるが、基本的に人は、自分のみたい虚構を観て生きる。
KINTOでも提言したように、値段のマジックにより虚構を見せることもできる。いわゆる「お得感」だ。あそこで見せた虚構は、「たくさん遊んだのに、ちょっと得した気がする」という虚構だ。携帯料金プラン「20GBを2980円で使えてお得!」のように日常的に見かける。そして、20GBも使わない人までも契約していくのだ。
トヨタ自動車は、ある意味で、クラスにいる真面目くんだ。言うことは正論だし、正しい。でもそれでは、楽しい祭りにはならない。ここにパッとしない理由の1つがある。
【ユーザーの笑顔が見えない】
これがトヨタの新規事業がパッとしない最大の理由だ。e-Paletteはただのバス。KINTOはローン販売と大差ない。Woven Cityは何それ、美味しいの?状態だ。もちろん、e-Paletteの運行システムの刷新やそれによりバスがすぐきたり、宅配の荷物が今よりも早く手元に届く嬉しさはあるだろう。でも、それがぼんやりしているのだ。3つ全てので共通するが、1人のお客様に迫って検討した様子はみえない。その結果、「1人」が熱狂する未来が見えない。
Woven Cityは唯一、サービスは未来を作りたいと願う人々にとっては熱狂的に支持する内容だろう。だが、対象ユーザーから外れた大多数の普通に生活している人にとっては、だから何、なのだ。それなら、マンションでなく一軒家住まいであっても、絶対にゴミを捨てられる街の方がいい。(何度、ゴミを出し損なって悲しい思いをしたか)
もちろん、こうなっているのには理由がある。大きくは2つだ。
1つ目の理由が、自動車とは、重厚長大な産業だということ。原料を加工し、最終的な消費者(自動車の購入者、ドライバー、同乗者)に到達するまでの物理的な時間は長く、精神的な距離も極めて遠い。このような構造に影響され、お客様のために働くという思いが薄くなりがちだ。
そのため、徹底的なまでに自工程完結を追求し、後工程はお客様という考え方を貫いてきた。この考え方は日本の製造業、特にトヨタでは緻密に設計され、極めて精密に実装されてきた。後工程がお客様であることは、今でも変わらない。しかし、この構造では立ち行かなくなったのだ。
構造で一番大きく変わってしまったのは、ソフトウェア産業の大規模な成立だ。皆さんも経験があると思うが、iPhoneやAndroidのアプリストアでコメントを書くと、作成者から返答がされる、いわゆるレビューをみたことがあるはずだ。あのチェーンの短さは驚異的だ。
同じようにチェーンを短くできないのかといえば、これまでの答えはNOだった。アナログである車体の設計が先に進められ、車体を前提としてソフトウェアを作っていく。自動車の企画から販売までは三年程度で行われるため、ソフトウェアは三年前のものになりがちだ。アジャイルのように、”週”という単位で変えていくことなど、到底できない。
そういう意味において、テスラのアップデートが前提となっているものづくりは賞賛にあたいする。そして、トヨタがe-paletteの製作で挑戦しているように、ものづくりの行い方への変革を起こそうとしている。編集長ヤス。が知る限り、日本メーカーの中で、最もソフトウェア的な自動車の作り方をしているのがトヨタだ。
そして2つ目の理由が、トヨタが「自動車会社をやめる」ことにしたからだ。この決定により、トヨタは2つの意味での挑戦が求められることとなった。
1つ目の挑戦が、そもそも論として、モビリティとは何か?ということだ。先に2軸4象限で表現をしたが、あれはモビリティを「人の移動」と定義したからだ。ではこの定義が変われば何が起こるだろうか。
以前、別の場で投稿した、日野自動車のDX案の検討では、トラックを物流の実現手段と捉え直し、物流により人々が感じる豊かさや価値を安心してトイレでお尻を拭けることだと看破し、都市での豊かさを世界クラスで実現することに挑戦すれば、年間で4700億円の利益が見込めると算出した。利益なので、売上は当然数十兆円だ。
トヨタの場合、この「モビリティの再定義」がまだ行われていないように見える。それは最新の公開事例でさえ、車内のUX/UIにこだわることや、MaaSに傾倒していることから推察できる。まだトヨタとしては、モビリティを再定義する段階にまできていないのだ。
では、彼らはどのような段階を経ようとしているのか。
これまでみてきた事例からも明らかなように、「ものづくり」のアップデートと、サービス業での知見を得ることに尽力するように見えている。これらができないことには、地に足をつけた開発はできない。トヨタが「ものづくり」を捨てるわけもなく、そうであるならば「ものづくり」の概念のアップデートが必須だからだ。このアップデートを行うにあたり、作る対象が自動車ではなくなった場合に市場で売れた/売れなかった場合に、「ものづくり」そのものの進化の評価ができなくなる。となれば、自動車やそれに類似したものを対象にしながら、業務そのものをアップデートし、評価していくことが真っ当な進め方だ。
そして次に、モビリティ=人の移動の範囲でも、これまで対象としてこなかった市場や顧客がいる。例えば、赤ちゃんの乳母車は人生初のモビリティだし、自転車にスケボー、空飛ぶタクシーにロケットなどトヨタが挑戦できる範囲は広大だ。
この広大な範囲に挑戦してみることに、大きな意味がある。それは社員のマインド変化だ。これは各自動車メーカーと会話していつも思うのだが、彼らはタイヤを4つ付けないと気が済まない傾向にある。例えば、老人が転ばないようなモノを作ろうと囁くと、電動車椅子のような物ばかりを考えてしまう。転びにくい靴、みたいなものまですぐに思考が飛ばないのだ。これは当たり前のことなのだが、今後はいかに検討初期から、車輪がないものを考えられるようになるか、その思考のクセを変えられるかが勝負どころだ。
このような過程を経ることで、ようやく、モビリティの定義を変更する、考える領域を変えることに意味が出てくる。ここはオープンには書けないのだが、考え方としては先に書いた日野自動車の例に似ている。
人やモノが移動することで成り立つ”豊かさ”とは何か。これをSDGsの文脈に乗せたときに何が起こるのか。これらが実現した時、本当の意味での世界で唯一のモビリティカンパニーがそこに存在しているはずだ。
2つ目の挑戦が、トヨタが狙っていることは、本質的にはイノベーションだからだ。自動車は機能的にはコモディティ化してきている。10年前の車でも乗っていて、別に困ることはない。
これまでの自動車は、政府主導でより省エネ化する方向と、事故防止という観点、つまり目に見えるわかりやすい課題に挑戦する歴史を辿ってきている。目に見える課題だからこそ、技術力が勝敗を決めた。欧州の有名メーカーで燃費を偽装していたのは記憶に新しい。
トヨタが狙うイノベーション、モビリティと範囲を広げた中には、課題が表面化していない領域が多量に含まれる。
課題が表面化していない領域とは、妄想して欲しいのだが、今コンビニに行ってお茶の棚をみたとして、どれを買おうとたいして変わらないだろう。このように、どれを買っても大差ない領域があらゆる産業に広がってきている。価格ドットコムに掲載されている商品は全部そうだ。それほどまでに、人類は表面的なニーズを満たすことを完璧に行い続けてきた、ということだ。
このような状況に対抗するために、編集長ヤス。の専門領域であるデザイン思考があるのだが、それはまた別の機会に話をする。いずれにせよ、トヨタ自動車は、自動車作りをやめたが故、ある意味ではじめて、顧客が言語化できないようなふわふわと求めているものが何かを探しだし、製品化し、それをサービスとして売ることに挑むことになったのだ。
【組織のDNA】
トヨタ自動車について、最後に組織のDNAを紹介する。モビリティカンパニーへ変身する中で、ここにもアップデートを仕掛けた方が良い、そう感じる。
↓トヨタ自動車の経営理念
参考:https://global.toyota/jp/company/vision-and-philosophy/philosophy/
トヨタ自動車のwebからフィロソフィーコーンと、豊田綱領を転載した。このほかにもきちんと書かれているので、ぜひリンク先から内容を確認していただきたい。
内容としては、非常に良いことが書かれている。だが、この哲学には顧客がろくに出てこないのだ。綱領の1番目、「産業報国」は戦時体制下で労使の調整政策として行われた内容だ。次にはものづくりのことが書かれており、その次は、問題点としてあげた「質実剛健、正直であれ」と書かれている。
トヨタ自動車の何がすごいのかというと、この哲学が社員一人一人の骨の髄まで染み込み、徹底されているのだ。だからこそ、トヨタは組織として強いのだ。
だが、これがトヨタの内向き思考を定めているように見えて仕方がない。
経営理念は他人がとやかくいうモノではない。だが、組織がこれに従う限りには時代に見合ったアップデートを施していく必要がある。
それを実現する日に、トヨタ自動車は、『トヨタ』になるのかもしれない。
トヨタに学ぶ、日本企業の新規事業・DXが劇的に面白くする方法
これまで散々、トヨタ自動車の新規事業はパッとしない、そんな話をしてきた。だが振り返っていただきたい。
散々みてきた事例は、2018年に発表されたものばかりだ。そのうちの1つはロンチされ、コロナにもかかわらず正当なる進化を遂げている。新しいプロジェクトにもかかわらず、前に進み続けている強さにエールを送っていただきたい。また今後出てくる新規事業は、よりエキサイティングになる。
さて、最後に日本企業全体にトヨタからの学びを展開したい。
【組織の存在意義は何か】
トヨタ自動車では、自動車会社であることやめ、モビリティカンパニーになることを宣言した。
皆さんの会社では、トヨタのように、組織の存在意義を明確にし、明確にした内容ができちんと共有されているのか、単語レベルで確認していただきたい。自分たちは何者で、社会に何を発揮していきたいのか。それは、今はフィクションでも構わない。人間とはそういう生き物だからだ。だが、自分たちが強く信じ、実現したいと思えるものでなければならない。
【顧客目線で、冷静なツッコミを入れてみる】
e-PaletteやWoven Cityからの学びだが、「でも、それバスじゃん」「家の前の道路の穴は塞がるの?」という身も蓋もないツッコミをしてみていただきたい。アイディアを潰せ、と言っているわけではない。ありきたりなアイディアは、お客様がお金を払って買ってくれるモノではない可能性がある、ということだ。
新規事業で一番やってはいけないことは、「あったらいいな」を実現してしまうことだ。そうではなく、「いま予約するから、一番に届けて欲しい」と言われるものを実現しなければならない。
【思いついたら吉日、とりあえずお客様と話してみる】
これはKINTOでみてきた内容だ。
KINTOは、あれだけ無謀にも見える内容でも会社の”状況”が案件として通したのだ。だが、一般的にはそれではうまくいかない。
そのため、思いついたらまず、顧客になりそうな人たちに話を聞いてみるといい。友人でも家族でもいい。編集長ヤス。はガンガン聞く。なんなら路上を歩いている人にも話しかける。toBなら代表電話にかける。代表電話にかければ絶対に繋いでくれる。そして、大半の人は、2分までなら時間をくれる。
新規事業は、お客さまの役に立たないと買ってもらえずに失敗する。新規事業の成否を握るのはお客さまであり、答えを持っているのもお客さまだ。だから、検討を始めてたったの5分で思いついたアイディアであっても、いいんじゃないかと思えるのなら、すぐに使ってくれそうな友人にメッセージを送ってみてほしい。
すぐに、正直な意見が返ってきて、検討が進むべき方向を教えてくれるはずだ。
【正論よりも、仕事終わりにみたい夢を】
トヨタ自動車のDNAとして、正直で正論が多いという話をしてきた。それにたいして、人間はそもそも夢みがちであるという話をした。このギャップをうまく埋める必要がある。
皆さんも社内ででたアイディアが、論理的には正しそうな、でも世の中にありそうなアイディアばかりでがっかりした経験があるだろう。これは、アイディア創出では必ず越えなければならない段階なので、遭遇することは悪いことではない。問題は、そのさきに行けるように、粘りっこく考え続けられるかどうかだ。ブレインストーミングのように4~6時間でアイディアを一旦出し切るのも大事だが、1週間、1ヶ月、3ヶ月、半年と緩やかに長く考え続けることも重要だ。
例えば、モビリティにひねりがない、という部分で図を出したが、「おもしろ領域:目的がやってくる×目的の価値が高まる」とは何か、ここに簡単には答えが見つからないだろう。こういう部分を、zoom飲みをしながら永遠話してみても良いし、アニメや映画、ドキュメンタリーといった作品の中にヒントを探してもいい。そういう『考え続けて変なものを探す』ということが大事だ。
そして、思いついたものを世界展開したら何兆円売れて、何千億円の利益になるのか夢物語を考えてみてほしい。その夢を実現したいと思い、自社でできると信じることができれば、あなたが事業部長、もしくは子会社の社長として本業を超えるビジネスを作ることができる。
繰り返しになるが、人は物語の中に生きる。その物語を作るのは自分であり、新規事業は冷静と情熱のバランスを取ることでいい絵が描ける。顧客に正解を求め話を聞くことで地に足のついたリアリティを作り込むことができれば、大上段の設定は大きな虚構であっても人は信じて前に進むことができる。
聞いた人が、思わず人に話したくなるような、面白い物語を作る。なんでも真面目にやりすぎり日本人は、大きな虚構を創ることを楽しめるようになること。それこそが、日本企業の新規事業・DXが劇的に面白くなる唯一の方法だ。
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編集長ヤス。